HoneyBetray:Spinoff

誰かに読まれることを一切想定していない備忘録。

4年前まで、仁亀の恐ろしさを知らないで生きて来れた。

シンメトリー【symmetry】の意味

 

[名・形動]左右対称であること。左右の各部分のつりあいがとれていること。また、そのさま。均斉。「シンメトリーな図柄」
[補説]英語の発音では、シメトリー。

 

ほう、そうか(簡潔)

 

かつて好きになったアーティストにはない制度過ぎて、これを知った瞬間は跳ね上がった。シンメ厨というベースのない私のようなバンギャ卒生ですらこの様なリアクションになってしまうのだから、自担・他担、自G・他G問わずシンメトリーを延々と見続けてきたジャニヲタ先輩たちが一生その魅力に取り憑かれ震え上がり続けているのは自然の摂理というものだと思う。

私はKAT-TUNを好きになってまだ4年ほどだが、その短いジャニヲタ歴の中で出会ってきたジャニヲタ先輩たちの8割はシンメに心奪われ死にかけていた。

また、私の後にジャニヲタになった人たちもホイホイとシンメトラップに掛かり、命を落としている姿もちらほらと見掛けている。

シンメはそれほどまでに、しっかりぽっかりとジャニヲタとして道を歩み始めた人の足元に空いている落とし穴なんだ。

 

KinKi Kidsの存在が尊く気高いように、タッキー&翼の存在が愛しく特別であるように、他Gの中には『他の誰にも侵すことの出来ない定められた二人組』という公式設定が、このアイドル事務所にはバンバンと転がり散らかっているのだ。

 

何も知らない私が好きになったKAT-TUNというアイドルグループは、三組のシンメからなる色んな意味で治安が悪いアイドルグループだった。

好きになった瞬間は3人になることが決まっていた頃の4人だったのに、私はまんまとシンメトリーの罠に足を取られた。

 

それは何故か?

 

KAT-TUNには伝説の仁亀というシンメの歴史が詰まっているからだ。

 

仁亀。それはそれは恐ろしいシンメだった。

 

ごくせん2はリアルタイムで見ていたし、私自身高校2年だか3年だったかのもあってとてもハマって見ていたはずなのだが、トップの二人が「亀梨和也」と「赤西仁」であることを一切何も思わなかったのだ。

役柄から「特別な二人組」ということは何となく分かっていた。だが、彼らをジャニーズだと思っていなかった私は、彼らはただの俳優で、常日頃から一緒に仕事をしていたということなど、一切合切知らなかったのだ。

バンギャ時代にも仁亀に騒ぐ人たちは多々いた。

が、私はそれを見ていてもそこまでだった。寧ろ「じんかめ?なんか二次元のCP名?」ぐらいにしか思っていなかった。「じんかめ」という単語が、ジャニーズに直結しなかったのである。

 

今思うと、なんて愚かな。

 

そんな私がKAT-TUNを好きになり、その歴史を知っていく中で、仁亀というシンメを知った。

知った瞬間は脳裏に当時のバンギャの騒ぎっぷりが走馬灯のように走った。

これは…ああなるわ…と、あの当時の騒ぎっぷりの真意を全てを察した。

ごくせんを見ておいて、よくもまぁ無事にここまで来れたもんだな私。早い段階で彼らにハマって未だに拗らせ続けることの出来るルートも用意されていたのに、よくそこに行かなかったな。

我ながらその避けることの出来たメンタルには完敗です。

 

 

そんな思い出話を今更して何のつもりだという感じだが、奇しくも今日はあの伝説となった日なのだ。

ファンの歓声で東京ドームが揺れ、悲鳴以外の音が一切聞こえなくなったあの日。

 

私はその時代を知らない。あの日の公演は円盤にもなっていない。過去映像などでテレビでも流れることがない。知ることが出来る唯一のツールは、当時あの現場にいたKAT-TUN担の思い出レポのみ。

そんな言伝でしか知らないから、私の中では本当に伝説なのだ。

あまりにも物語じみていて現実味のないレポばかりだから、本当にあった出来事なのだろうかと疑いたくなることもあった。これはヲタクの妄想と誇張なのではないかと。

 

しかし。

 

「東京ドームをマジの意味で揺らした」

「あの瞬間ほどの歓声が上がった瞬間はない」

「歌い始めた瞬間、耳を塞ぐほどの悲鳴だった」

「歓声という悲鳴が鳴り止まなかった」

 

そんな言葉を当時を知っているKAT-TUN担が口を揃えて言うものだから、歴史上で実際に起きた出来事なんだと、真実であろうと嘘であろうとKAT-TUNの史実を言伝でしか知ることの出来ない新規も信じざるを得ないのだ。

 

げっ!ちょうこわいじゃん!

 

そして今日はその伝説の記念日からちょうど節目の10年目なのだそう。

その間に、仁亀は欠けたのだ。

 

げっ!なにそれちょうドラマティックじゃん!

 

誰かが言っていた。

KAT-TUNは欠けたシンメ・失ったシンメ・現存するシンメのグループだ」と。

 

ヲタクが口を揃えて伝説と呼ぶ仁亀が欠け、神様のいたずらと称されたでんでんが失われ、長年の信頼が丸見えなお互い相手のことよく分かってますけど感がだだ漏れまくっている末恐ろしい最年長シンメのロバ丸が現存している。

とんだ…とんだストーリー性の高いアイドルグループだな…。

 

ジュニア時代に圧倒的人気を誇ったという仁亀が、欠けている。

いなくなったのではない、欠けているという事実。

 

げっ!まじむり吐く!

 

しかし吐いている場合ではない。

 

欠けたシンメが、あの伝説の記念日の4日前である5月15日に、同時に新譜をリリースしやがった。

  

 

 

 こんなことってあるのかよ。

 

かたやシングルで初ソロデビューシングル、かたやアルバムで5周年の記念アルバム。

どちらも節目となるような円盤。

私のような新規が仁亀という二人の名前が共に並ぶ瞬間を見られると思っていなかったのだが、よもやこんなことが今起きるとは予想はおろか妄想すらしていなかった。

 

こんな日々がご用意されていたとは夢にも思っていなかったため、私は仁亀に対する耐性がまるでなかった。

この盛り上がり切った感情をどこにぶつければいい?Twitterでぶち撒けても何も満たされそうもなかったんだけど。

 

とりあえずインターネッツインターネッツで過去の彼らをもっともっと知ろう!とインターネッツしました。

 

が、逆に駄目だった。

気持ちの悪い話だが、私は毎夜毎夜、仁亀のことをググりながら大泣きしていた。

それは何故か。

「私も見たかった!」「なんでもう見られないの!」などという後悔ではない。

 

仁亀というシンメが愛しすぎて尊すぎて、刹那的すぎて儚すぎて苦しくて夜毎大泣きしていたのだ。

 

そして「もう二度と見られない」という事実がその感情や思い出の美しさを増させている気がした。

KAT-TUNにハマった当初と同じ様な熱量と力量でインターネッツダイビングをしていた私だったが、圧倒的に当時と異なることがあった。

それは「仁亀を知ってしまった」ということ。

これがまた私を存分に苦しめ泣かせていた。

仁亀を知らずそれを知るためにググっていた当時と、仁亀を知ってしまったからこそググっている今とでは、感情のあり方が全く違うのだ。

 

そして私は、深夜にこの様なポエムを吐き出した。

 

 

さすがにヤバイと思った。

けど、泣かないとこの感情の落ち着かせられなかった。

そして遂に、

 

 

当時の仁亀を知らないことによる後悔までし始めやがっていた。

全くもって情緒不安定だった。

仁亀は麻薬でも精神安定剤でもシャブなんでもない、酸素だ。そこらかしこに(過去の史実が)漂っていて、気付いたら肺深くまで吸い込み、(他のヲタクに向かって)吐き出す呼吸行動をしている。

 

しかしもう、彼らが肩を並べることはない。

 

いやもう別に並ばなくていいんだ。一緒に歌うことも、揃わないダンスを並んですることもなくてもいい。並んだ姿を生で見てみたかったけど、見られなくたってもういいんだ。私は彼らが健やかに楽しく、アイドル・アーティスト活動を続けてくれているならそれだけで満足。

だけど、仁亀があったということだけは、この世の歴史から失くさないで欲しい。

互いがその名を口に出さなくていい、例え交流があったとしてもそれを公に話さなくたっていい、なにも発信しなくてもいい。

私は一生、ネット上に落ちているエピソードを掻き集め大事にしながら生きて行く。

 

今回の仁亀リリースがあったからこそ、彼らはやはり運命で宿命で天命のシンメなのだと噛み締められたから、彼らが健やかに楽しく活動し続けていてくれたら、またきっと今日みたいな日が訪れるかも知れないから、贅沢は何も言いません。

 

今はもう欠けてしまっていて、嘗ての二人のエピソードが語り継がれ、そのエピソードに新規のヲタクすらも魅了され沼に入水するからこそ、仁亀は伝説と呼ばれるんだ。

 

4年前まで、仁亀の恐ろしさを知らないで生きて来れた。

4年前から、仁亀のある人生を生き始めた。

 

仁亀よどうか、君死にたまふことなかれ